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2012年1月28日 (土)

親の思いと子供の思い

まず、下記のリンクからブログを読んでみてください。

http://blogs.brash.jp/toshimasaota/archives/202

突っ込みどころは多々あるのですが、僕は絵本2000冊読破(?)を、2つの視点から切り込みたいと思います。

まず、本の読み方について。本は、量よりも質、つまりあるテキストをどれだけ読み込めるかが、社会で要求される能力です。速く読むだけなら、ナナメ読みしてある程度のことを頭に入れることは出来るでしょう。今溢れているビジネス書は、この読み方でいいかもしれません。大きな活字で広い行間で、書いてあることはどれもそんなに変わらない。自分に必要な情報を得ることだけが目的なら、上滑りの読み方でいいでしょう。

しかし、子どもが読む絵本は、その子がその子の世界を作るのに大きな影響を与えます。クレヨンしんちゃんを観たら、みんなしんちゃんになってしまう、あれです。量を稼ぐために飛ばし読みをしていたら、絵本から作られる世界ができる前に違う世界に飛ばされてしまう。これでは、何のために読んでいるのかわかりません。

絵本や童話のストーリーは、ただエピソードの情報を得るためだけにあるのではありません。保育園に限らず、大人になっても、本を通じて自分のこころの世界を作ることが、自己肯定感や感受性・相手をおもんばかる気持ちに不可欠です。つまり、自己形成に必要だということです。その、子どもが自己を形成するのに大切な絵本を、ただあらすじという情報を得るだけの手段にしてしまうと、不完全な自己形成のまま成長することになります。

その読書グセをつけて育てば、「量を読めば褒めてもらえる」と、よくある読書マラソンに参加したりして、より賞賛を浴びます。その子の行き着くところは、自分の世界を持たずに、上滑りの読み方しかできず、それで世の中がわかったような気がして、他人を平気で汚い言葉で罵り、上から目線で接する。ゆがんだエリート。独りよがりな価値観。

もうひとつの視点は、数値を出されたらそれを「信仰」してしまう傾向が日本人にあるということです。これは僕のオリジナルではなくて、政治学者の丸山眞男が「科学信仰」という言葉で表現したものです。科学的であることなら、それがどういう結果をもたらすかも考えずに、正しいと信仰する日本人の特徴を表したものです。彼は否定的にこの言葉を使っています。

そこに、今の競争原理、バスに乗り遅れるな式の子育て観が加わると、我が子も量を読まなければ乗り遅れるのではないかと危機感を感じてしまいます。教育にしても、全ての産業に当てはまりますが、ものを売ろうとすると、一番いいのは、お客さんに危機感を感じさせることです。これを持たなければ、乗り遅れる、馬鹿にされる、損をする。いわば脅迫です。

親は、子育てについては誰もが不安を抱えています。その不安に応える形で、キラキラしたものを見せて、飛びつかせる。そういった意図が見えてしまいます。自分ができないと思っていることを子どもがやったら、そりゃ輝いて見えるでしょう。

でも、立ち止まって考えて欲しいのです。ほんとうにこれでいいのか?自分の置かれている世界の価値観で子どもを育てようとしていないか?子どもを小さな大人に考えてないか?子供である今、本当に大切なのは本を速く読むことなのか?跳び箱を飛べることなのか?自分の能力への挑戦だけでいいのか?

心理学において発達段階的には、保育園児はまだ社会性が育ってなくて、いわば自分勝手な心を持っています。社会性を持つのは、小学校3年生ぐらいからと言われています。その時に、ちゃんと自分の価値観を持った子供育てたいですね。他人や社会に褒められるからやる、ではなくて、自分の意志でやる。そんな子どもを育てたいですね。

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