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2012年11月17日 (土)

話が長い!

先日、ある人と話をしたのですが、最近の若者は話が長いと。だらだら話して、要は何が言いたいかわからないとのことでした。

確かにそうだなあ、と思ったのですが、ふと、そういえば、子どもの頃、朝礼での校長先生も話が長かったことを思い出しました。あと、就職してからの、上司の説教などなど。話が長いのは、今の若者に限ったことではないのでしょう。

スピーチ本なんかでは、結論を先に、と書かれています。結論を先に、というのは、けっこう当たっていると思います。聞く側は、何の話かあらかじめわかるのですから、後の話を安心して聞くことができます。ゴールがわかっているからですね。結論を後にすると、飽きさせない話し方とか他のテクニックが必要で、けっこうハードルが上がります。

論文でも同じです。先に結論を書いて、後はその証明に費やす。こういう構成の論文は、自然科学に多いのでしょう。僕も、卒論指導の時に言われました(修士論文では言われませんでしたが。担当教官が違ったからでしょうか)。スピーチにしても論文にしても、これというテンプレートがあって、それに言葉を乗せていけば、一本出来上がります。問題は、この結論ってやつです。これをどうやって作るか。

結論を導き出す思考の流れは、スピーチや論文と逆ですね。資料を集めて、あれこれ考えて、最後に出てくるのが結論です。最初に結論ありきの思考パターンしかもってなければ、仮の結論を置く必要があります。それを「仮説」と呼ぶこともあります。柔軟な頭を持っておれば、仮説に縛られることなく思考を巡らせることが出来ますが、えてして、仮説の術縛にあうことが多いです。特に時間がなければ、一度立てた仮説を捨てることが出来なくて、ずるずるツボにハマってしまう。結局何が言いたいかわからない代物になります。

結論を導き出す思考パターン。これは、いろいろあって、人によっても得手不得手がありますし。クセもあります。スピーチや論文を作るみたいに、テンプレートがあるわけではありません。最初はカオス状態の資料を、理論立てて整理する。センスやひらめきが必要なのかもしれません。でも、これが出来なければ、スピーチも論文も作れません。ではどうするか。

他人の思考パターンを盗むことです。理論的に書かれた文章というと、研究論文が代表的ですが、学生はなぜ苦労して論文を読むのか。もちろん知識を得るためではありますが、それだけではありません。論文は著者の思考の軌跡ですから、そこから思考パターンを学ぶことができます。そうか、こういう考え方もあるのかと思われた方もおられるでしょう。思考パターンは考えるツールですから、いろいろ持っていれば自分の武器になります。自分が思考を巡らせる時に、使えます。

そして、結論を得たら、後はテンプレートに載せるだけです。ちなみに、このテンプレートも、論文を読むことで得られます。たくさん読めば、それだけのテンプレートが手に入ります。自分の表現に広がりが持てます。

話が長い人は、この結論が、ないかはっきりしていないのではないでしょうか。何か話さなければならなくて、でも結論はあいまいであれば、話しながら考えている可能性があります。つまり、表現の前段階で解決すべきことを、表現しながら行っている。これでは、聞いている側は理解できませんし、なにより疲れます。

何について話をするのか、話す前に明らかにしておく。事前に少し時間が要りますが、だらだらした時間を過ごすより、よほど有効な時間が使えます。お互い、いい時間を過ごすために、口を開く前に、少しの時間を取るようにしたいですね。

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