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2013年5月 1日 (水)

裁判官の頭のなか~それは、いじめなのか?

http://www.futoko.org/news/page0921-2768.html

いじめによる自殺で、国や市に対して賠償責任があるかを問う裁判がありました。裁判では、いじめがあったのかどうかが争点になりました。結果、「いじめがあったとはいえない」という判決でした。なんとも奥歯にものがはさまったような言い方ですが、要はいじめはなかったという判断です。ですから、国や市に賠償責任はないと。
この手の判決が出ると、「裁判官はなにもわかっていない」とか「裁判官は無情だ」とか、裁判官に対する不満が出ます。それはそれで妥当だと思いますが、では、裁判官が、僕たち一般市民の感覚で判決を下してもいいのか、ということになると、少し様子が変わってきます。
どういうことかというと、裁判官はあくまでも裁判の枠内で判断します。裁判の枠内とは、法律の立場です。法律の見地から見て、どちらの言い分がより法律にかなっているかを見ます。一般市民の僕たちは、いつもいつも法律の枠内で物を考えていません。どちらかというと、感情でものを考えている節があります。つまり、裁判官と僕たちは、考える頭が違うのです。
ですから、判決に対して違和感が出るのは、しかたないでしょう。今回の事例も、いじめと認定するにあたっての証拠に対する考えが、原告と裁判官で違ったということです。普通僕たちが判断するに妥当な証拠であっても、法律の枠で考えた場合、妥当ではないことは多々あります。もちろん、法律は間違っているのだとの主張は当たっています。しかし、裁判官は法律がおかしいとは指摘できても、おかしいから違う判断をすることはできません。あくまでも、間違った法律の枠内で判決します。
そんな裁判官の判断を汲んで法律を変えるのが、立法です。今は、違憲判決が出ても法律が変わらないですから説得力はないですが、仕組みとしてはそうなっています。ですから、問題にするなら、そういう法律の枠組みを問題にすべきで、一裁判官を問題にするべきではないと思います。
では、なぜ被害者は裁判という手段を取るのでしょうか。次回考えてみます。

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