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2013年7月 8日 (月)

グローバルな感覚と同調圧力と「発言する安全」

グローバルな人材を!!という掛け声をよく聞きます。これからは世界で通用する人間にならなければ、とばかり、小学校で英語の授業をしたり、大学の授業を英語にしたり。

たしかに英語は世界で使われています。世界共通語といわれる人もいます。英語使用者が一番多いですし、世界中どこの観光地でも英語でなんとかなるとまで言われて。
ここで、英語を使えない人のほうが実ははるかに多いんだとか、きれいな英語を勉強するあまり、方言や英語ネイティブではない人の英語がわからなくなるとか、そういう英語第一主義に反論するようなことはおいておいて。世界で通用する人間って、どんな人か。その一つを考えてみます。
日本人は自分の考えを表現するのが下手だと言われています。たしかにその通りで、政治家でも、自分の考えをきちんと表現することができずに、「意に反する取られ方」をすることがよくありますね。それは、とる側が悪いのではなくて、話す側に、誤解されないように話す力が必要だということです。リテラシーと言っていますが、相手がほかに取りようがないような言葉で話す。その言葉感覚です。このリテラシー。これが日本人は弱いということです。
これは、よく日本語能力の問題にされますが、そうではありません。言葉の能力ではなく、言葉の感覚です。この言葉を使ったらどうとられるか、この言い回しをすればどう反論がくるか、また、自分の立場が今言っていいことかどうか、など。つまり、自分の言葉が相手にどう伝わるかを予測して言葉を選ぶ。この感覚です。これは、言葉の勉強をしても身につきません。多くの人に話して、その反応を集めて得られます。
さて、学校教育でこのリテラシーを身につけさせようとすると、どんな授業が考えられるでしょうか。議論・討論を取り入れる。スピーチをさせる。いろいろありますね。その全てに共通して必要なのが、「発言する安全」です。つまり、発言しても自分の立場が危うくならない保証です。さて。今の学校にこれができるでしょうか。
今の学校は、みんな同じ事をして同じ事を言わなければなりません。集団を指導してるんだから、規律を守らせるにはそうするしかない。たしかにそうでしょう。しかし、みんな同じを強制したら、「発言する安全」は守られません。
「発言する安全」を守るためには、どんな発言でもまずは受け入れられなければなりません。もちろん、受け入れるのと同意するのは全く別です。同意するしないを判断するためにも、まずは話を聞こうという姿勢です。
ところが、みんないっしょを強制する社会では、この聞くということがおろそかになりがちです。みんながいろいろ違うことを言い出したら、それらをまとめて一つにする作業をしなければなりません。その作業が、たいへんなんです。時間も手間もかかります。だから、省略して、上からみんないっしょを強制したほうが手っ取り早いんですね。
今の学校は、手っ取り早いやり方で動いているように思います。同調圧力というやつです。これを何とかしなければ、日本人はいつまでも自分の言葉で話すことができずに、世界から取り残されるでしょう。
見た目の規律を重んじて、見た目きちんとしていることに安心するのは、北朝鮮のマスゲームや軍隊の行進を見てこれが最高だと言っているようなものです。北朝鮮でも軍隊でも、「発言する安全」はありません。学校をそのようなところにしたらいけない。そう思います。

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