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2013年8月11日 (日)

食べられないとはどういうことか

よく、好き嫌いと言いますね。好き嫌いはよくないと。なんでも食べられる人になりなさいと。実は僕は、好き嫌いがないんです。少し前までは牛乳が全くダメでしたが、あるときなんとなく飲んでみると、おいしく飲めたんですね。これを好き嫌いの克服といえばいえるんでしょうけど、なんともあっけない感じで、こんなものかと思いました。
でも、ダメだった時は本当にダメで、牛乳を口に入れたとたんに、胃に入っているものまで全部吐いてしまいました。体が受け付けないんですね。さらに、あの牛乳をのんだあとに口に残るなんともいえない味というか香りというか、あれでもう、こころまで折れてしまいました。好き嫌いって、人によって程度がありますが、ほんとうに体やこころが受け付けない好き嫌いもあるんですね。僕が特別支援学校にいた時に出会った児童ですが、ものすごい偏食で、食べられるものはわずかで、それ以外のものを口に入れると、やっぱり嘔吐しましたね。給食指導は難儀しました。
また、宗教の教えで、食べてはいけないものがある場合もあります。イスラームでは、豚肉を食べません。クルアーンの教えで豚肉は食べてはいけないとされているからです。豚肉は腐りやすく、昔の衛生状態では腐った肉を食べる可能性が高く、食中毒で死ぬ人が多かったためと言われています。ですから最近では、衛生的な豚肉は食べても良いと考えるムスリムもいるみたいですね。ですから、豚肉を食べるということは、イスラームの教えに反することになります。
このように、食べられない、とは、食べられる人が想像できない世界なのです。そんな、食べられる人の理屈を食べられない人に押し付けるのは、僕はどうかと思うんですね。好き嫌いってどういうことか。その世界について、もっと理解がほしいですね。そして、そんな食べられないことを受け入れられる世の中であってほしいと思います。

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