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2013年9月17日 (火)

全体会~現代の生活のあり方を問い直す―生活世界の変容と生活指導実践―

9月7日の午後からは、全体会がありました。生活世界の変容ということで、地域社会を考えるキーワードとして「中間地帯」の概念を紹介され、地域社会の中での、教育福祉実践が報告されました。
「中間地帯」は、個人と社会のあいだにある、地理的な地帯と人間観のネットワークのことです。個人が大きく働きかけられ、個人が大きく影響を受ける、イメージとしては、地域社会のことです。その地域をどう捉えるか。以前は、地域社会は個人が人間としての自分を実現することができる場でした。しかし、新自由主義の考えや労働の機械化で、人間としてではなく、競争や機械の一部として捉えられるようになり、それが、人間としての自己実現の場であった地域社会を壊していったのではないか。人間が人間らしく生きるためには、この地域社会の再建が必要なのではないか。といった議論だったと思います。
教育福祉実践では、和歌山のある地域における実践を紹介されました。その地区で、今まで分断されていた市民や大学や学校などを、もう一度つなげてみようとする働きかけです。その実践は、和歌山大学が主導し、学生が担い手になって、その舞台になるのは小学校です。市民と学生と子どもたちと取り組みを重ねる中で、地域の活性化を図ります。もう一つは、愛媛県の医療改革です。今までは、病院が中心となって医療システムが作られました。患者さんを入院させるのか、退院させたらその後のケアはどうするのか。病院が全部担っていたのです。それを、地域の中でケアする体制を作りました。そのことによって、病院過疎地にも十分な医療をすることができるようになったとのことです。
たしかに、今は人と人とのつながりが弱くなったと言われます。その弱くなり方は、社会の中でしか自分を開花させることができない人間として、自分の生を開く場がなくなりつつあるということでしょう。今のネット社会も、その中で限定的な自分の開花に満足するしかない人たちの集まりなのかもしれません。人と人とのリアルなつながりには、ネット社会にはない、非言語化されたつながりがあります。その非言語的なつながりは、自己開花の前提になるでしょう。そういう意味では、ネット社会は、地域にはなりえないかもしれません。しかし、ネット社会とはどんなところか、まだ解明されていないところが多く、また、言語化されたつながりのみの人間関係が、その人の自己開花にどう影響を与えるのか、まだまだ研究がはじまったばかりです。
ノスタルジックになることなく、しかし必要なことは押さえて、新しい地域社会を作る。そこに教育はどう関わっていけるのか。考えていきたいと思います。

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