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2014年4月10日 (木)

子どもの自然遊び

最近、自然遊びが流行っていて。山の中に入って、木登りしたり枯葉の中に入ったり。ちょっとハイキングするってのもありますね。いろんなプログラムがあって、けっこうおもしろそうなのもあって、おっ。大人も楽しめそうなんて思ったり。

ただねえ。一つ引っかかるのが、それらのプログラム、全部自然の中をうたっているわりには全然自然じゃないやんって思うんですね。例えば里山。これは人間がいっぱい手を加えた場所なんですね。自然とは言えないです。

山登りといえば自然の中でやるスポーツというイメージでしょう。実際山に登ると、自然の中にいるって感じすると思います。でもね。山登りにはあるルールがあって。それは、「登山道からはずれないこと」。

登山道は、もちろん人間が作ったものですね。そこから離れてはいけないのなら、これは自然の中ではなく人工物の中なんです。つまり、庭みたいなもんです。自然に「近く」はありますが、あくまでも自然ではない。

登山道から離れない理由は、山の自然を守るためでもあり、登山者の安全を確保するためでもあり。安全第一の子ども活動では、子どもを山に連れて行って山道からはずれないように指導する。ということは、子どもたちに提供する「自然」って、人間がデザインした安全な空間であって、自然ではないと言わざるをえないんです。あくまでも自然に「近い」ところ。

そう考えると、自然の中で活動させるなんて言いながら、中には「野性を呼び戻す」なんてワイルドなこと書いてあったりしながら、実は偽物と思ってしまうんです。

実は、山登りする人の中には、バリエーションルートといいますが、自分でルートを切り開きながら山を歩くという人もいます。彼らは、山の地形を見ながら足場のもろさを見ながら、自分で道を作ります。それがまた新しい山道になることもあります。それは非常に危険なことで、山岳保険の免責にもなっています。

もちろん、子どもにそんなことさせる必要はありません。自然の中で遊ぶとは、人間がデザインしたところではできないということが言いたいんです。ですから、安全第一で大人が仕組んだ自然らしきものの中で遊んで、遊ばして、自然に触れたと思ってほしくないんです。

デザインされた山道しか行ったことがない人が道に迷って遭難する。これは、デザインされたところしか歩くことができないからです。山登り何十年だから自然にの中ではしっかり動けるだろうと思ってしまいますが、山道しか歩いたことがない人は、自然になかでの振る舞いがわかりません。それで遭難するんです。

「自然遊び」をすれば自然に触れあえるわけではありません。近くに行くということで「導入」にはなりますが。そこをしっかり押さえていきたいです。

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