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2016年7月 5日 (火)

「どちらのため」ではなく「どちらものため」~いじめ調査の開示問題について


いじめが起こってその結果重大なことになってしまったとき,第三者委員会が組織されて調査をするケースが増えています。その第三者委員会の調査結果をいじめられた側に開示されないケースがあるようです。

学校が調査報告の公開にかなり慎重にならざるをえない事情も理解できるんです。今はいじめ事案が起こるとネットを介して様々な情報拡散が行われ,いじめた子の更生や人生に大きく影響がある現状があります。もしいじめの調査報告が本人や家族を通して公になると,それが関係者の中だけにとどまらず,ネット等によってひろく拡散されてしまう可能性が極めて高いのが現状です。すると,同じようにいじめた子のこれからの学校生活や人生に大きな悪影響を与えてしまうことになります。いじめた子のことを考えると,これは避けなければならない。

少年事件では,非行少年に関する情報は基本的に非公開です。審判結果も非公開ですし,被害者やその家族は,基本的に審判に出席もできません(今は一部のケースで遺族などが審判に出席したり審判結果を閲覧したりすることが可能になっています)。これは,非行少年のこれからの人生を守るため,その子が非行をしたことを社会に知らさないためです。いじめのケースでも同じように,いじめた子の更生のためにその事件の情報を制限することは,ある意味意義があることだといえるのではないかと思うんです。

しかしそうはいっても,いじめられた子やその家族が調査結果を知りたいと思う気持ちはじゅうぶん理解できます。特にいじめられた子がなくなった場合は,わが子になにが起こったのかを知りたいと思うのは家族として当然の気持ちですし,知ることは当然の権利だと思います。わが子に起こったことを知るためには,第三者委員会の調査しかない現状では,被害者やその家族が調査結果を求めるのは当然のことでしょう。実際少年事件の被害者やその家族が,審判結果を見れなかったり審判に出席できなかったりでやりきれない思いをしている現状もあります。

ということでこの問題を考えるには,いじめた子のために情報を開示しないのか,いじめられた子やその家族のために情報を開示するのかといった議論をしても平行線をたどるだけで解決にいたらないように思います。「どちらのため」ではなく「どちらものため」という視点ではない視点から考えなければならない問題ではないでしょうか。

なにがいじめた側いじめられた側双方のためになるのかをきちんと議論したうえで,その「双方のためになること」の中に調査結果がどう位置づけられるのかを考えて開示するのかしないのか決めるべきではないかと考えます。

何が双方のためになるのかは個々のケースでさまざまになるでしょう。一般的なマニュアルは作れないのではないかと思います。第三者委員会は,「このケースでは」何が双方のためになるのかも議論していただきたいと思います。そのためにも,第三者委員会の人選は,いじめられた側から推薦された委員に入ってもらうことが大事です(今はそうなってきているように思います)。

私は,いじめの問題を含めていろんな問題を,二律背反の構造にもっていっても解決にはならないだろうと考えています。どちらかにいいように,ではなく,どちらにもいいように,考えてきたいと思います。

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