« 先生の研修充実について | トップページ | 「星野君の二塁打」を考える~民主主義を教えるとは »

2018年4月13日 (金)

高校中退についての、前川喜平氏の発言に思うこと

前川喜平元文部事務次官が、高校中退に触れ、高校中退者を減らすために数学を必修にしないように提言しています。
https://togetter.com/li/1217275

この発言について、2つ考えてみたいと思います。

まず、高校中退者についてです。高校中退者に貧困や自己肯定感に低さがあると主張しています。それで、高校中退を防がなければならないと。たしかに、私も、高校中退者にそういった特徴があると思います。しかし、だから高校中退を防がなければならないという結論には、ちょっと待ったをかけたいんです。

高校中退したら、どうして貧困になったり自己肯定感が低くなったりするんでしょうか。今は学歴社会です。学歴が低い人は、不当に低い賃金で働かされることが多いです。また、学歴が低いことで、他人から低く見られることもあります。そういった社会によって、高校中退者が、貧困になったり自己肯定感が低くなったりするんです。

不当に低い賃金で働かされたり、低く見られたりといったことは、国民みんなが、お互いの人格を尊重すべきという社会正義に照らして、あるべきことではありません。高校中退者がそういった社会正義にもとる扱いをされるのであれば、高校中退者をすくうのは、高校中退させないことではなく、社会に酒井正義にもとる扱いをさせないことではないでしょうか。
これは、無職の人の再犯率が高いということで、刑務所出所者や少年院出院者に、なんとかして就職をさせようとする、今の更生保護の考え方にも通じます。出所者や出院者がなぜ再犯してしまうのか。生活保護受給の厳しさや、犯罪者というレッテル貼りなど、今の社会の無職の人に対する不当な扱いに起因しているのではないか。これは、社会正義にもとるのではないか。高校中退者も元犯罪者も、そのままでも尊重されるような社会を目指すべきだと、私は考えます。

2つ目。高校中退を防ぐために数学を必修にしないことについて。

高校での数学の授業は、たしかに高等学校学習指導要領に基づいて、その期待する水準の授業をすることになってはいます。しかし、その水準に耐えられない生徒もいます。そういう生徒には、その生徒にあった授業ができるようにすればいいのではないでしょうか。その子にあわせた授業をすることこそ、その子を尊重するということではないでしょうか。その子にあわせた授業ができないような、学習指導要領体制にこそ、私は問題があると考えます。

彼の主張は、学校は学習指導要領で決められた授業をするのが前提になっています。学習指導要領体制をどうしても崩したくないのでしょう。既成の枠組みを崩すことなく問題を解決しようとする考えは、不登校児を変えることに専念し、不登校を生み出す学校の仕組みは温存しようとする、今の不登校についての取り組みにも通じます。

人に対する不当な扱いをそのままにすることを前提とする考えには、私は同意できません。

ちなみに、文科省の統計では、「学業の不振」は8.6%です。「学業」の中には、数学以外の教科も含まれるでしょうから、数学を必修にしなくなっても、それで高校を辞めなくてすむ人はそれ以下であるということです。数学を必修にしないことは、効果がないとは言いませんが、あまり高くないと言わざるをえません。

« 先生の研修充実について | トップページ | 「星野君の二塁打」を考える~民主主義を教えるとは »

教育問題」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583405/66606937

この記事へのトラックバック一覧です: 高校中退についての、前川喜平氏の発言に思うこと:

« 先生の研修充実について | トップページ | 「星野君の二塁打」を考える~民主主義を教えるとは »