権利教育

2015年3月 5日 (木)

子どもの権利を「足し算」で考える~子どもは「小さな大人」なのか「大人とは違う人」なのか

子どもは「小さな大人」でしょうか。「大人とは違う人」なんでしょうか。

子どもの権利を考えると,大人には認められているが子どもには認められていない権利があることに気づきます。たとえば参政権。これは,子どもはまだ未発達だから政治という重要な判断をする能力がないから,認められないんだと。つまり,子どもは未発達である「小さな大人」であるとする考えが根底にあるわけです。大人の権利から「引き算」しているということです。

一方,大人には認められていないが子どもには認められている権利もあります。「養育される権利」がそうですね。子どもは親などに養ってもらう権利があります。大人には,ありませんね。これは,子どもは大人と「違って」自分で生きていくことができないから,養ってもらう権利があるのだというわけです。これは,大人とは違った人であるという考えが根底にあります。これは「足し算」していますね。

一般的に人権は,基本的人権と言われる生存権や所有権などに,オプションとして権利を加えて考えます。たとえば,大人は基本的人権+参政権・結婚する権利といった大人独自の権利,でできています。では子どもはどうでしょうか。大人の権利から参政権や結婚する権利を引き算してできているのでしょうか。

もしそうだとすると,子ども独自の権利を認めることは「ぜいたく」という発想につながります。大人にないものを子どもに認めるのですから。大人としてはずるいと思うでしょうね。もちろん子どもは子どもにないものを大人が持つということに,ずるいって考えるでしょうけどね。

子どもの権利は,大人の権利-子どもに認めない権利,ではなく,基本的人権+養育権など子ども独自の権利,でできていると考える方が正確なのではないかと思います。基本装備に加えるオプションは,その人独自のニーズによって決めるのが普通ですね。車を買うときのオプションを考えてください。大人の権利はそういった考えでできています。ならば,子どもの権利も同じように考えてしかるべきでしょう。子どものニーズに合わせてオプションをつける発想です。

ということは,子どもは「小さな大人」ではなく「大人と違った人」であると考えたほうがうまくいくわけです。これは,少年法の理念にも通じます。少年法は子どもを「大人と違った人」として考えます。少年犯罪を考えるとき,子どもは一体「小さな大人」なのか「大人とは違った人」なのかの立場の違いが大きくかかわっています。この件についてはまた稿をあらためます。

2014年4月22日 (火)

義務を果たさなければ権利はないのか?

義務を果たさなければ権利はない。よく言われていますね。ほんとうでしょうか?

権さて。権利とは何でしょうか。こちらのリンクをご覧ください。

http://www.hurights.or.jp/japan/learn/q-and-a/2010/08/post-11.html

「権利は、おこなったりさしひかえたりすることの自由」というホッブスの言葉が引用されています。権利とは、人間の自由を保障するものであると。あとにロビンソン・クルーソーの話を出してきて、人間は自由に生きることが基本であることを確認しています。そう。人間は自由に生きることが本来なのです。

しかし、みんなが自由に生きたら、当然その自由同士がぶつかります。そこで、人間の自由を縛る必要ができました。これが義務です。「これをしてはいけない」とか「これをしなければならない」とか。たとえば道を通行するときに、本当はどっちを通行しても自由のはずなのに、それではぶつかってしまう。だから、便宜上道路交通法で車は左歩行者は右側通行っていう義務を決めています。

でも、ここで押さえておきたいのは、「ほんとうはどちらを通行してもいいのだ」ということ、それでは社会がうまくいかないから、便宜上決めただけのことだってことです。ですから、ある権利に即してある義務がある。権利と義務の関係は、限定的でなければなりません。

たとえば、右側通行の義務が果たせなかったからといって、学校に行く権利が守られなければ、これはおかしいと思うでしょう。話が全然違うんです。あくまでも右側通行の義務は、道を歩く権利にのみ課せられるべきです。学校に行く権利は関係ない話です。

でも、このレベルの話が横行しています。いわく、「働かないものは生きる権利がない」これ、勤労の義務のことを言っているのでしょうね。でも、この命題はそれ自身成り立ちません。なぜか。では、なぜ勤労の義務があるのでしょうか。こちらのリンクをご覧ください。いろいろな考えがありますが、僕はこの人の考えに賛成です。

http://blogos.com/article/40204/

「働ける人は全員が働き、一部の人だけに働かせない」。だって、だから子どもやお年寄りは働かなくても責められないんでしょう?つまり、勤労の義務と生存権は全く違う話なのです。この命題を成り立たせているものがあるとしたら、それは勤労の「道徳」でしょう。義務は道徳に基づいている部分もありますが、義務の運用するにあたっては別物です。これは稿をあらためます。

このように、違う義務の不履行を持ってきて権利を制限することはできません。そこを押さえておかないと、とんでもないことがおこります。学校でされている指導も、けっこうあると思います。